私たちが骨子案で質疑したのは、大きく分けて5点です。
●「市の責務」が「努めるものとする」と努力規定にとどまっているのに対し、市民には、法の規定を超えて「努めなければならない」と義務を課したことについてです。 児童虐待防止法は、「国と地方公共団体は、児童虐待の予防及び早期発見、迅速かつ適切な保護及び自立の支援、保護者に対する親子の再統合の促進・・・関係機関の連携の強化・・等児童虐待の防止等のために必要な体制の整備に努めなければならない」と、各段階において体制の整備に努力ではなく「ねばならない」と市に義務を課しています。
昨年4月の虐待による死亡事例に対して、川崎市児童福祉審議会が行った提言は「児童相談所には強制的な介入から被虐待児のケアや家族再統合に至る援助、区役所への後方支援まで多種多様かつ高度な専門性を要する業務が集中して求められている。本市では地区担当が継続相談のケースワークに並行して新規ケースの初期対応や緊急対応、さらには重篤ケースの家族再統合まで担い、対応件数も増加している。専任で実施できる人員配置、体制整備が必要である」とし、総括では「児童相談所と区保健福祉センターのマンパワーが不足しており、児童虐待対応の基本である複数人対応が満足にできない状態にあり、適正な人員配置が大きな課題である」としています。
(先の6月議会で共産党の代表質問と私の一般質問で、この提言を受けて、児童相談所と保健福祉センターの体制強化のための増員を求めました。答弁は「児童虐待の対策を推進するには子どもと家庭に関する部署の連携が重要なので、庁内の関係部局による検討会立ち上げの準備を進めており、虐待の予防、早期発見、再発防止等、切れ目のない支援の充実のための体制整備について、検討を進めていく」でした。)
骨子案の審議で「体制の整備については市の義務規定にすべき」「区役所の体制の強化の条文も義務規定にすべき」と主張した結果、条例の一部に「努めなければならない」が盛り込まれました。
現在の3児童相談所における地区担当の一人当たりの平均持ちケースは82件です。専任で実施できる人員増、体制整備を強く求め、法律で規定されているように各段階で具体的な対策をとることこそ、急ぐべきです。
●骨子案は「何人も虐待を見逃さないように努めるとともに虐待のないまちづくりを推進し、子どもの安全と健やかな成長が守られる社会形成に取り組まなければならない」とし、市民に対し「虐待のないまちづくりの推進及び関係機関等の取り組みに積極的に協力するよう努めなければならない」と義務を課しています。
法には市民(国民)に対し「何人も、児童の健全な成長のために、良好な家庭的環境に留意しなければならない」としていますが、これは、家庭や近隣団体に介入することに抑制的であるべきという点に配慮したもの。また、法は国と地方公共団体に対してのみ「体制を整備しなければならない」として義務を課し、国民に対しては「何人も虐待をしてはならない」という規定以外に義務を課していないのです。そのうえ、市民に義務を課す規定内容は、「虐待のないまちづくり」とか、「虐待のないまちづくりの推進及び関係機関等の取り組み」とは具体的にどういうことか、抽象的でわかりづらいものです。これでは、市民にとって、どういう行動をとればいいのか、まったく、わからないものとなっています。
また、このような義務を市民に課すことを内容とする条例案なのに、骨子案を示して市民の意見を聴くことが必要ではないか。まして、議員提案なのだから、当然行うべきだとの私たちの主張に対して、「市民から負託を受けた議員だから、市民の意見は聴かなくてもよい」「何が市民の利益になるかは、市民ではなく、私たち議員が決める」「条例案を成立させた後、意見を出してもらえばいい」などという、驚くべき発言が自民党・民主党・公明党・みんなの党の議員から出され、耳を疑いました。
●骨子案は、保護者が「交際している者」及び「その他の同居人以外の者」による虐待を放置する場合も虐待の定義にしていますが、法では親権、監護権者、及び同居人によると限定されています。法の定義を超え、「保護者が交際している者」「その他の同居人以外の者」と拡大していますが、対象者が限りなく広がる恐れがあり、これらは刑法の暴行罪、傷害罪で十分対応できるはずです。
●また「虐待が行われた、または行われるおそれがある場合」についての情報を区役所、児童相談所において共有するとしたことについてです。法律は虐待を「受けたと思われる」あるいは「行われているおそれ」を通告や出頭要求等の対象にしています。「行われているおそれ」と「行われるおそれ」とでは内容が異なります。「行われるおそれがある」と誰が、どのような基準で判断するのか、とても難しいと思うのです。個人のプライバシーや権利侵害の恐れ、自分の知らないところで「おそれがある」と判断される可能性も起こりえるのではないでしょうか。
また、転出する場合の措置として「うけるおそれのある」情報を転出先へ伝達するとしていますが、これも同じような理由で危惧するところです。質疑では、本市で虐待が行われ、乳児院に入所措置したこともある親子が他都市に転出し、転出後まもなく虐待が行われ死亡した事例を挙げて、だから必要だと言われていましたが、この事例は虐待が行われていたのですから、情報の伝達は当然です。経過を読む限り、むしろ転出前の段階で、乳児院措置解除や親子再統合などに課題があったと考えられる重症度が高い事例でした。
「受けるおそれのある」を専門家によって適切に判断されなければ、プライバシーを侵害される可能性もおこりえるのではないかと危惧するのです。これも「虐待を受けた、受けているおそれのある」とすべきではないかと主張したわけです。
●条例制定の効果について、「通告件数が確実に増えること」だと提案委員が答えました。しかし学校現場から児童相談所に通告したり、相談しても、人手が足りず丁寧にのってもらえない、一時預かりもいっぱいでできないという具体事例を聞いています。通告を増やしてもそれを受ける体制が、いますでに手一杯なのです。こうした実態からも、今、子どもを虐待から救うためには何が必要なのか。それは、通告にしっかり対応できる体制の強化、専門職員の増員ではないでしょうか。
ともかく、時間をもっとかけて議論する必要がありました。骨子案がでるという情報があり、ならば前もって配られるべきと請求してやっと入手してからですから、短時間しかないなかで、私たちも真剣に勉強し議論し、委員会に臨みました。骨子案の審議の前にもっと専門家の意見を聞く時間とか、現場や市民の意見を聞く時間を保障して欲しかったと思います。
結局、この骨子案は取り下げられ、それ以上の質疑は打ち切られ、最終日に条例案が提案されました。条例案については、その場の質疑しかできず、すぐに採決ですから、これは無理です。反対せざるをえません。今議会で一刻も猶予できないから条例化するんだということでしたが、議会として、まずは体制の整備の決議を行い、条例案についてはもっと時間をかけ、市民意見も聴取して決めていくべきだったと思います。